光禄吟台

     もともとは烏石山脈の一部分であり、閩山と称され、玉尺山とも名づけられている。唐の時代に初めて閩山保福寺を建て、宋の時代のはじめに法祥寺と改名された。宋の時代の寧元年(1068年)に、程師孟は光禄卿という官職で福州の知事になり、暇の時に常に遊びに来る。そのため、お寺のお坊さんはここを「光禄吟台」と名づけ、また字を書いてくださいと彼にお願いした。前後にして十人余りの持ち主交代はあり、林則徐は年をとってから一度入籍したことがある。彼がかつて光禄吟台に来てくださいと招へいされたことあり、また台の傍らで鶴を飼ったこともあるということで、美談として伝わっているので、後世の人はここに「鶴磴(鶴の石段のこと)」を書いてある。

    1961年に福州市の一回目の文物保護単位と指定された。