• 光禄吟台 光禄吟台

    もともとは烏石山脈の一部分であり、閩山と称され、玉尺山とも名づけられている。唐の時代に初めて閩山保福寺を建て、宋の時代のはじめに法祥寺と改名された。宋の時代の熙寧元年(1068年)に、程師孟は光禄卿という官職で福州の知事になり、暇の時に常に遊びに来る。そのため、お寺のお坊さんはここを「光禄吟台」と名づけ、また字を書いてくださいと彼にお願いした。

  • 劉斉銜旧居 劉斉銜旧居

    清の時代に建てられ、宮巷14号に位置しており、四つの建物は隣接して、建築総面積が4,141平米である。北を背にして南を向き、1991年に福州市人民政府に看板付きの保護単位と指定された。

  • 程家小院(小院はヤードのこと) 程家小院(小院はヤードのこと)

    清の時代に建てられ、ヤードは前の部分が安民巷に隣接し、後ろの部分が林則徐の次男である林聡彝の旧居と壁を隔てている。今の持ち主はフィリピンの華僑程玉珠であり、20世紀50年代にこの建物を購入して以来、ずっと心を込めて保護してきて、今まで福州の伝統的民家の風格を保っている。

  • 瓊東河七橋 瓊東河七橋

    安泰橋、澳門橋、板橋、二橋亭橋、観音橋、館驛橋、金闘橋

  • 張経旧居 張経旧居

    張経(1492年~1555年)は侯官県(今は福州市の市街地)洪塘郷の出身、明の時代の正徳十二年(1517年)に進士(科挙の殿試に合格した者に与えられた資格)に合格した。嘉靖三十三年(1554年)に、張経は江南、江北、浙江、山東、福建、湖広の軍隊を率いて倭寇と戦い、大きな勝利を収めた。

  • 何振岱旧居 何振岱旧居

    何振岱(1867年~1952年)は字を梅花といい、侯官県(今は福州市の市街地)の出身、清の時代の光緒年間(1875年~1908年)の挙人(郷試に合格した者)である。「同光体」の福建流詩人である。主に「西湖志」を編集して、「福建通志」を再編集したこともある。

  • 黄任旧居 黄任旧居

    もともとは明の時代の許瓯香(許友)の墨斎の旧跡であった。黄任は許友の外孫であり、少年時代にここで勉強したことがある。清の時代の雍正九年(1731年)に政務をやめて故郷に戻って隠居し始め、続けてここに住んで修繕工事を行った。旧居は元々の敷地面積が815平米で。