何振岱旧居

  清の時代の嘉慶年間(1796年~1820年)に建てられ、建築面積が525平米である。光緒年間1875年~1908年)及び民国の初めに再建された。建物は奥行きが二進(進:伝統的中国家屋で、邸内に複数列の建物がある場合、その一列を'一進 'と言う)で、前の庭に果樹、花、草を植えている。「何梅生墓誌銘」という石碑は花の木の下に立っている。旧居の西側に元々小さな客間があった。建築全体はレイアウトは合理で、配置が適切、コンパクトで実用性が強い。

 何振岱(1867年~1952年)は字を梅花といい、侯官県(今は福州市の市街地)の出身、清の時代の光緒年間(1875年~1908年)の挙人(郷試に合格した者)である。「同光体」の福建流詩人である。主に「西湖志」を編集して、「福建通志」を再編集したこともある。

 1991年に福州市人民政府に看板付きの保護単位と指定された。