光禄吟台
もともとは烏石山脈の一部分であり、閩山と称され、玉尺山とも名づけられている。唐の時代に初めて閩山保福寺を建て、宋の時代のはじめに法祥寺と改名された。宋の時代の熙寧元年(1068年)に、程師孟は光禄卿という官職で福州の知事になり、暇の時に常に遊びに来る。そのため、お寺のお坊さんはここを「光禄吟台」と名づけ、また字を書いてくださいと彼にお願いした。前後にして十人余りの持ち主交代はあり、林則徐...
劉斉銜旧居
清の時代に建てられ、宮巷14号に位置しており、四つの建物は隣接して、建築総面積が4,141平米である。北を背にして南を向き、1991年に福州市人民政府に看板付きの保護単位と指定された。 劉斉銜(1815年~1877年)は林則徐の一番上の娘婿である。清の時代の道光二十一年(1841年)に進士(科挙の殿試に合格した者に与えられた資格)に合格して、最高の役職が河南布政使であった。兄劉斉衢...
程家小院(小院はヤードのこと)
清の時代に建てられ、ヤードは前の部分が安民巷に隣接し、後ろの部分が林則徐の次男である林聡彝の旧居と壁を隔てている。今の持ち主はフィリピンの華僑程玉珠であり、20世紀50年代にこの建物を購入して以来、ずっと心を込めて保護してきて、今まで福州の伝統的民家の風格を保っている。ホールに四つの楹聯があり、文化の雰囲気に富んでいる。ホールの両側にある廂房(母屋の手前両わきにある建物のこと)と西側にあ...
瓊東河七橋
(1)安泰橋 「瓊東河七橋」の一つで、安泰川の中部、今の八一七北路朱紫坊の西口に位置する。元の名称は利渉門橋であった。唐の時代の天復元年(901年)に建てられ、宋の時代の宣和七年(1125年)に修繕された。橋は単孔の石造アーチ橋であり、南北行きで、長さが11メーター、幅が6メーター、橋と岸がいずれも丸ごとの石で築かれ、今はコンクリートの橋に覆われている。1992年に福州市の第三回文物保護単位と指定...
張経旧居
最初は明の時代の初めに建てられ、福州市では最も古い建築の一つである。明の時代の嘉靖年間(1522年~1566年)に、倭寇を抵抗する名将である張経は西の郊外洪塘からここに移し、再建してから邸宅とし、「尚書里」と名づけた。旧居は北を背にして南を向き、もともとのメイン建物は奥行きが約三進(進:伝統的中国家屋で、邸内に複数列の建物がある場合、その一列を'一進 'と言う)、客間...
何振岱旧居
清の時代の嘉慶年間(1796年~1820年)に建てられ、建築面積が525平米である。光緒年間(1875年~1908年)及び民国の初めに再建された。建物は奥行きが二進(進:伝統的中国家屋で、邸内に複数列の建物がある場合、その一列を'一進 'と言う)で、前の庭に果樹、花、草を植えている。「何梅生墓誌銘」という石碑は花の木の下に立っている。旧居の西側に元々小さな客間があった。建築...
黄任旧居
もともとは明の時代の許瓯香(許友)の墨斎の旧跡であった。黄任は許友の外孫であり、少年時代にここで勉強したことがある。清の時代の雍正九年(1731年)に政務をやめて故郷に戻って隠居し始め、続けてここに住んで修繕工事を行った。旧居は元々の敷地面積が815平米で、庭にたくさんの蘭蕙(香草の名)を植えており、花と竹が生い茂っていることで、黄任はここを「香草斎」と名づけた。また、黄任が硯を好み、十本...